ほぼ黒ワンピース生活|双極性障害Ⅱ型の治療ログ

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双極性障害(Ⅱ型)の治療ログ|世界メンタルヘルスデー2022に思ったこと

産後うつかと思いきや双極性障害(Ⅱ型)でした。というわけで治療開始してもうだいぶ経ちました

気分障害の当事者がつらつらと書き連ねる治療の感想になります。

万人に通用する障害の乗り越え方や治療の進め方についての情報はありません。私がこうだった、という一つの事例でしかないことをまずお詫びいたします。

(せめてものお詫びの気持ちで)障害についてお知りになりたい方は、厚労省の情報をご参照ください。

www.mhlw.go.jp

また、かかりやすい精神科を受診し、お医者様とよくお話しになることで障害を受け容れ、人生を穏やかにすることがベストであると考えています。スピリチュアル系列、反現代医療に走ることなく、この障害と共に生きる道を探していただきたく思います。

 

今日お話しするのはこんなことです

 

2022年10月10日は「世界メンタルヘルスデー」だそうでした

twitter.com

10月10日は体育の日で覚えていたので存じませんでした。

ハッシュタグが目に入ったので便乗して自分史を少し。

  1. 大学院での対人トラブルでうつ状態に→「心身症」「適応障害」ということで抗うつ薬処方
  2. 寛解し就職→軽躁と激鬱を繰り返す(鬱相7割)
  3. 結婚出産→産後うつの指摘あり、精神科にかかると双極症診断受け

フェーズはざっくり分けて3つ。以後双極症の治療でなんとか生きています。

もっと早く診断がついていたなら、

大学院でもんもんもやもやとしていたのが2005年頃。そしてその間も不定期ながら精神科通いはあり、元気(軽躁)になったら就職し、混合状態で仕事をし、鬱エピソードに入って退職し、みたいなことを数年繰り返しておりました。その間の治療は「抗うつ薬」がメインなので、これ双極性障害の対症としては不適なのですよね…

効かない薬を飲み続けて、医療費も垂れ流して、限りある医療資源を貪り食って、善意ある人の同情を買い、そしてなお快癒に至らない、という。

 

2019年に双極性障害の診断を受け、第一選択薬ラミクタールを順調に増量する中で「これが普通の人たちの気分なのか」と目の前が晴れる思いでした。

 

そして改めて「過去のあれは何だったんだ」とも思うのです。

 

精神疾患は、全て診断ありきではないとは思います。治療も様々、医薬も様々、そして何より本人と周囲の人が障害を感じていなければ「障害」ではないので、医学以外のものにすがるのだって良いのです。

が、過去の出来事を悔い、怨嗟をも覚え、時を巻いて戻せるならばと反芻してしまうのは我が身に実際に起こっていることでして。

 

この闘病経験から思うことは、ひとえに精神障害の研究が進みますように、ということです。
「もっと早く自分の身に起こっている事実を知っていれば」と思うからです。

 

過去起こった、起こした事象に後悔は尽きませんし、これから起こり得ることにも不安が尽きません。

 

何より「病気だって分からなかったんだから仕方ないよ」と切り離すことができないのです。

 

自分が双極性障害である、と。完治はない精神障害を持っている、と分かったのならば、私はおそらく結婚もしていませんし、まして子どもも得ておりませんでしょう。

しかし「分からなかったんだから」結婚しましたし、「分からなかったんだから」子も二人産み育てています。私とかかわらざるを得ない彼ら彼女らへの申し訳なさが、尽きないのです。

 

このあたりの「申し訳なさ」は自責感やら自罰感、無価値観や集中困難感と、何でもかんでも「症状」なのですけど、仕方ないよねーと流せない

 

精神疾患の有無にかかわらず、完全に正しい選択をし続ける人生は誰の身の上にもあり得ないとは思いますが、せめて私は自分の身体(というか脳)に起こっていることを知っておきたかった。

初診日にあたる2005-6年頃はまだ双極性障害もマイナーな精神疾患だったのでしょうし、担当医師からみて私は心身症やら適応障害だと、抗うつ薬を飲ませとけばいいでしょうと、そういう診断しかできなかったんでしょう

死なずに済んだだけ良かったやんと思うほうが幸せです。恨みは何も生まないと頭ではわかっています。

 

ただほんと、

「もっと早く分かってたらな」

この思いは雲散することはないでしょう。

だから精神疾患領域の研究がただただ進んでほしいと願うのです。

 

そういう思いもあって、私も研究の一サンプルになるべく、双極症自体やその周辺の精神疾患についての研究に近いであろう九大病院にかかりたかったのですけど、現時点で受け入れ不可ということで、頬に触れる秋の風が一層冷たく感じております。

 

世界メンタルヘルスデーにて精神疾患当事者の私が思ったことはそんなところです。

小さな願いですが一歩一歩でも進みますように。